エッセイ(その112)   「祭  り」

税理士 城 間 源 哲


 
 夏祭りの季節であり、花火の季節である。腹の底にドーンとこたえる花火の爆発音は、夏の盛りを告げるもので あり、この夏をがんばれという声援にも聞こえる。そのせいだろう、本来はあまりいい音ではないのだううが、花火を打ち上げる音に苦情を言う人はいない。
  花火が祭りに当然のことのように登場するようになったのはいつの頃からだろうか。花火と出合いの記憶はどこで育ったかによってその時期が違う。私の幼い頃は花火は見たことはなかった。せいぜい駄菓子屋で手に入れる線香花火ぐらいで、どこか遠くの都会の夜空を彩るらしい、あるいは東京の両国とやらで花火大会があるらしいと聞いたぐらいである。
 祭りはいいものである。特に幼い頃の祭りは、不思議に記憶に残るものである。私の田舎でも、いつも見ている 日常の風景がまるで違う場面に変わっていった。多くの露店が登場するし、親しい人達も、明るい照明のせいか、なぜかいつもとは違って華やいで見えたものである。私の記憶にある田舎の祭りは村芝居である。
  百日紅の咲くこの季節は、私の育った沖縄北部の今帰仁村の各村では、村芝居が盛んだった。出し物は踊リが中心だが、子どもにもおもしろい喜劇も演じられた。出演者はその村の農家の人達だが、入場料をしっかりとっての 本格的な芝居だった。百日紅の蕾が膨らみかけると、子ども達も祭りの近いことを知り、誰が名付けたか知らない が、大人達までがその花のことをウドゥイバナ(踊り花)と呼んでいた。
 祭りと聞けば賑やかなものだが、本来神を祭ることであり、何らかの信仰から生まれるものである。したがって 何らかの祈りとしてなされるのがほとんどである。もっとも、最初から商業的な意図で、集客を当て込んでの祭りもあるが、それとても商売繁盛の祭礼から始まる。
 最近私は地鎮祭を行った。企業の地鎮祭に参列することはよくあるが、自らの地鎮祭は5年前の事務所のそれ以来である。小さな山小屋のような建物だが、一応安全祈願だからやるべきということになり、やはり大安吉日の6月4日、会社の重役からいきなり神主に鞍替えをした友人のUさんが担当してくれた。もちろん彼は認定を受けており、出雲大社沖縄分社の歴とした神主だから、この地鎮祭で工事現場周辺の神々のお許しはもらえたはずだと信じている。
  自然の静けさを破ることを許してもらうのが地鎮祭である。昆布や海の幸を揃え、山の幸を準備し、お神酒を供えて工事の許しを乞うのである。確かにこの信仰は、木や岩や川など自然界の諸事物に霊魂や精霊があるとする原始宗教(アニミズム)である。あるいは宗教家は必ずしもそのような信仰は宗教とは認めないというかもしれない。だが私は、自然に対する人間の謙虚な心の表現として好意を持っている。自然の大切さ、自然の偉大さをもっと認識し、感謝すべきだと思っているからだ。食だけではなく心も、自然から多く与えられて生きていると私は思っている。生きているではなく、もっとはっきりと、生かされていると表現する人もいるだろう。地鎮祭はその自然に、人工的に割り込んで行く者としての許しを請うのであうう。
 読谷村の北端に長浜部落がある。その集落から見上げる高い崖の頂上に地鎮祭の土地はある。都市から離れているので地価もそう高くなく何とか工面できそうな気がしたのと、その眺望のよさが大変気に入ってのこの土地の購入だった。買ってしばらくは、しきリに土地を見にいったりしたが、建物を造る資金の目途が立たず、いつの間にか訪ねることもなく、とうとう6年も放置していた。土地には芒が竹のように高く伸びていた。
  崖の上の土地からは海に迫っている長浜の集落とコバルトブルーの海が手に取るように見える。小さな港からは水路が沖の深海へ斜めに通じている、珊瑚礁を人工的に割って作ったのではないかと思われるほどに、水路は細くくねっている。
  実は今になって解ったことがある。この水路は南蛮貿易の船が出入りしたというのである。帆船の唐の船も季節風に乗ってやってきたらしい。もっともこれは史実なのか、民話の域にとどまるかはよく知らない。
 民話を語る古老の話として、もっと私の興味を引いたのは、この長浜という村は、北山城の次男から始まったというのである。北山城は今帰仁城ともいうか、その次男金松の墓が今帰仁に向かって今も立っているという。すでに記したとおり、今帰仁村は私の郷里である。その城址は幼い頃の遠足の目的地と決っていた。今は世界遺産に指定されている。今日は天気がよいからであろう、本部半島と少し距離をあいた位置に、頂上が三角形の伊江島が地鎮祭のテントの中からもくっきりと見える。
  君は郷里を疎遠にしていると、親しい者達からいつも苦言をもらっている私にとっては、崖の上のこの土地は古里にも近く思えてきて、この地に縁があったことを感謝している。わが職場の優秀なスタッフの仙人が9年も通勤している土地でもある。
 北側の下から吹き上げる風と寒さは覚悟しているが、それも含めてここには自然がある。